最近「常陸牛がNHKで特集されていた」といった声を周囲から聞く機会が増え、いわて牛に取り組んできた私たちのもとにも、「いわて牛はどうなったのか」という問い合わせも寄せられるようになりました。

これをきっかけに、私たちValuablelink Consulting Inc.がこれまでいわて牛のカナダ市場への進出で取り組んできたこと、そして現場で見えてきた課題について、あらためて整理し、共有する必要があると感じ、本コラムを執筆するに至りました。

5年間の現場で築かれてきた実績と価値

私たちは、2020年から2025年にかけて、いわて牛のカナダ市場展開を継続的に支援し、市場調査や、マーケティング、販路開拓、プロモーションイベントの企画運営など多岐にわたる実務を担っていました。

2025年 Japanese Wagyu Beef Seminar
岩手県からのブッチャーによるいわて牛カッティングショー
2025年 Iwate Cultural Reception
ホテルシェフが手がけたA5いわて和牛のローストビーフ

いわて牛は、2020年から岩手県庁や、カナダの小売店、いわて牛の主要関係者とが連携し、いわて牛の一頭買いや、希少部位の展開、カナダ現地でのカッティング技術の育成と当時としては先進的な取り組みを進めていました。

2025年 いわて牛の試食会でのお客様対応
2025年 いわて牛のしゃぶしゃぶ試食会

岩手県から派遣された和牛の職人 阿部翔吾さんは、カナダの小売店に約3年にわたり常駐し、現地のお客様から高い評価を得ながら、いわて牛の認知向上、販路拡大、売上向上に貢献してきました。焼肉用・しゃぶしゃぶ用・すき焼き用といった日本式のカットを展開しながら、ロスを最小限に抑える加工技術を実践。さらに、余剰部位を惣菜として活用したり、和牛脂を商品化するなど、付加価値を高める工夫も彼によって行われました。また奥様の阿部真木さんも小売店のキッチンに入り、和牛弁当や和牛コロッケなどのいわて牛関連の商品の制作に関わったりなど大きく貢献していました。

彼らはいわて牛に付加価値をつけてさまざまな形でカナダのお客様に届け続けていました。

阿部翔吾さん 現地の業界関係者にカッティング技術を披露している様子
阿部真木さん いわて牛のカレーを丹精込めて作る様子

私たちは、いわて牛の普及に尽力するご夫妻のサポートをしつつ、いわて牛の取り組みに主体的に関与し、現地での実務・検証を通じて、持続的に売れる仕組みの構築と改善に取り組んできました。

2025年の提案

このように支援をしながら、継続的にブランドを育て、売上を伸ばしていくために、より本質的な仕組みづくりが不可欠であると主要関係者に訴え続けてきました。その一環で、2025年初頭には、いわて牛に関わる岩手県庁、JA全農いわて、精肉加工会社、商工会議所を直接訪問し、これまで積み重ねてきたテストマーケティングや現場実績、顧客のフィードバックをもとに、将来を見据えた具体的な事業提案を行いました。

主な提案内容は、

  • いわて牛を含む岩手県産品を海外進出させる事業の拡充
  • 販売してきた実績のあるカナダ・バンクーバーに、BtoC・BtoB双方に対応できるいわて牛の直売店の開設
  • 中間業者を減らすための商流の再構築と現地マーケティングの強化など

5年にわたる検証を通じて、私たちは一定の実績と確かな手応えを得ており、実行に移されれば、私たちがこれまでに構築してきた実績、ネットワーク、人材を活かし、現地での展開を支援できる体制は整っていたので、この方向性に十分な可能性があると確信していました。

実績を積んだ先の“壁”

いわて牛の売上は着実に伸び、常連客との継続的な関係性も構築されていました。また、業界関係者を招いたセミナーやイベントにおいても、多くの購入希望が寄せられ、市場からの関心の高さが確認されていました。特にBtoBのバイヤーからは、「中間業者を最小限にし、産地から直接仕入れたい」という声が多く上がっていました。

エグゼクティブシェフとの意見交換
いわて牛のしゃぶしゃぶや和牛寿司の試食

しかし岩手県側がこうしたニーズに応えるための流通設計や体制整備のサポートはできず、現地市場の需要を十分に活かしきれていませんでした。

一部の流通パートナーにおいては、BtoB販路の開拓や拡大に十分なリソースを割くことができず、また現地で活動していた人材の評価や活用が十分に行われていない場面も見られ、販売機会を広げられていない、現地で築かれていた価値が十分に活かされない状況も発生していました。

そんな状況を打破するための私たちの提案は、私たちのお客様の要望でもありましたが、各方面から現時点での実行は難しいという判断が下されました。その後も岩手県内でも個人レベルで現地展開の必要性を理解し、尽力していた関係者たちもいましたし、私たちも最後まで諦めずに訴え続けていましたが、組織としての意思決定には至らず、結果として実行には移されませんでした。

カナダではいわて牛の需要があり高く評価されていましたが、日本ではいわて牛のカナダ進出に関わってきた全ての人たちの5年間の努力や取り組みを適切に評価されることなく、持続的な事業として発展させるための体制構築には至りませんでした。そして2026年2月をもって派遣されていた職人達も日本へ本帰国することとなりました。

5年に及ぶ膨大な投資が行われていたにもかかわらず、組織としてのリスクを伴う判断、意思決定のスピード、そして海外市場を前提とした事業設計への理解が十分でなかったことが、結果としてこの取り組みの継続を難しくした大きな要因であると考えています。

本来十分得られたはずの市場機会を逃したという点で、これは岩手県にとって大きな機会損失であったと私たちは捉えています。

和牛農家の現状

2025年初頭には、いわて牛の生産者たちがカナダを訪れ、自らの言葉で和牛飼育に対する想いや背景を現地の業界関係者に伝える機会を作ることに成功し、生産者の方々に「いわて牛の飼料と濃厚飼料」「循環型農業とたい肥」「牛たちとの絆」について語っていただきました。 参加者の皆様からは、カナダでは日本の生産者の話を直接聞ける機会がほとんどなく、大変貴重だったとの感想をいただきました。

このようにその真摯な姿勢やストーリーは現地でも高く評価され、いわて牛が高い価値のある商品として受け取られたことを実感いたしました。

その後、私たちは日本国外でいわて牛のサポートをしている身として、実際に和牛農家や子牛市場を訪問しました。

現場では「和牛農家としてこのまま続けていくことが難しい」といった切実な声も聞き、日本国内における生産現場の厳しい現実をあらためて目の当たりにしました。

だからこそ、カナダなどの海外市場に展開することで、生産者の価値が適切に還元される仕組みを再構築していくべきであったと強く感じています。

海外進出の成功は、準備と実行、そしてスピード力で決まる

一方で、2025年末頃から、常陸牛がカナダ市場において本格的な展開を進めています。牛一頭買い、現地拠点の整備、人材育成、加工体制、販売導線の構築までを一体的に進め、行政と民間が連携しながら、外国資本も活用し、価格競争力のある商品展開、そして生産者にも還元される仕組みが実現されているようです。

すでに小売店PriceSmart FoodsではA5常陸牛のサーロインがC$129.99/lb(約C$286/kg)が売られています。別の小売店で売られているA5いわて牛の同じ部位は、C$340/kgです。流通構造を理解している立場から見て、この価格差は単なる商品差ではなく、流通設計や現地体制の違いによって生じているものだと考えています。

この現実は、私たちにとって大きな示唆を与えるものとなり、彼らの取り組みが、これまでのいわて牛の取り組みの妥当性を、結果として裏付けるものとなりました。

常陸牛(PriceSmart Foods)
いわて牛(Fukuya Japanese Food)

海外市場で勝つために必要なこと

海外市場で成果を出すためには、商品力だけでは不十分です。一定の検証を経て市場性が確認された段階で、

  • 現地拠点の構築、または信頼できるパートナーの確保や見直し
  • 流通構造の再設計
  • 人材育成
  • マーケティング戦略の最適化

を同時に進める必要があります。

特に農林水産物の海外進出においては、民間だけでは実行が難しい部分もあるため、行政が協力し、一体となって進める体制が不可欠です。海外展開において本当に必要なのは、単発の輸出や短期的な販促ではなく、行政の協力体制、意思決定、実行力、そしてスピードです。それらの差が、そのまま市場機会の差につながります。

現在、日本国内では「日本ブーム」による海外需要の高まりを背景に、海外展開を推進する動きが加速しています。それに加え、国内市場の縮小という構造的な課題もあり、多くの事業者や行政が海外市場への活路を見出そうとしています。しかし、その支援の在り方や手法が、実際の海外市場の構造や実務に即したものになっているのかについて、あらためて見直す必要があると考えています。

最後に

本コラムでは厳しい内容にも触れていますが、それは私たちや関わってきた全ての人たちが5年間、現場で向き合い続け、この取り組みに本気で関わってきたからです。
本来、このような内容を公にすることには葛藤もありました。
しかし、行政が税金を用いて取り組む事業である以上、その意思決定や結果については、現場の視点からも共有されるべきだと考えています。私たちが現場で得た知見と課題が、今後のより良い意思決定と、持続的な仕組みづくりにつながることを願っています。

Valuablelinkは今後も、現地起点での検証と、実行、改善を重ねながら、日本の商品が持続的に海外市場で価値を発揮できる仕組みづくりに取り組んでいきます。